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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7494号 判決 1960年3月04日

原告 小林医科工業株式会社破産管財人 服部定雄

被告 株式会社平和相互銀行

主文

原告の第一次の請求を棄却する。

原告の第二次の請求につき、被告は原告に対し、金五十二万七百六十四円及びこれに対する昭和三十一年九月二十九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金五十五万四千六百三十九円と、これに対する昭和三十一年九月二十九日から、完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との、仮執行の宣言つきの判決を求め、請求の原因として、かつ被告の抗弁に答えて、つぎのとおり述べた。

(第一次の請求)

商事会社である小林医科工業株式会社(以下、単に小林医科とよぶ)は昭和二十八年三月二日支払を停止し、その取締役は東京地方裁判所に会社整理の申立をしたところ、同裁判所は同年六月五日整理開始の決定をし、椿荘三を管理人に選任するとともに、商法三八六条第一項一号により、右会社に対し、同月四日までに発生した金銭債務については弁済をしてはならない旨の保全処分命令を発し、その頃小林医科に告知した。

その後小林医科は整理の見込がつかず、昭和三十一年五月二十二日午前十時東京地方裁判所で職権による破産宣告を受け、原告はその破産管財人に選任された。

被告は、(一)小林医科との間の月掛相互契約にもとづき昭和二十七年八月二十日百五十万円を給付したことによつて、小林医科に対し、払込済掛金九十八万四千円を引いた五十一万六千円の債権を取得し、(二)小林医科との間の月掛相互契約にもとづき昭和二十八年二月三日百万円を給付したことによつて、小林医科に対し、払込済掛金四十五万円を引いた五十五万円の債権を取得した。

小林医科は右債務の弁済として左のとおり被告に払つた。

(一)の百五十万円口につき

(1)  昭和二八年六月八日    一〇、〇〇〇円

(二)の百万円口につき

(2)  昭和二八年六月一〇日   五〇、〇〇〇円

(3)       六、二九    五〇、〇〇〇円

(4)       七、 六    七五、〇〇〇円

(5)       七、二三    三三、八七五円

(6)       七、三一    二六、七五三円

(7)       八、一五    一一、三二〇円

(8)       九、二六    二八、七六七円

(9)       九、二八    五〇、〇〇〇円

(10)     一〇、 五    一四、四七〇円

(11)     一〇、 五       三二五円

(12)     一〇、一三    五四、一二九円

(13)     一〇、二六    五〇、〇〇〇円

(14)     一一、 六    五〇、〇〇〇円

(15)     一一、二七    三〇、〇〇〇円

(16)     一二、一六    二〇、〇〇〇円

以上 (1) ――(16)の合計    五五四、六三九円

(右(5) の三三、八七五円は、小林医科が被告に対してもつていた同額の普通預金債権と被告の右債権とを合意相殺したものである)

被告は右支払を受けた当時前記処分命令が出ていることを知つていたのであるから、右支払は無効であり、したがつて小林医科は、被告に対し、不当利得として、支払つた金額の返還請求権を取得したのである。

よつて、原告は被告に対し、右合計金五十五万四千六百三十九円と、これに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三十一年九月二十九日から完済に至るまで商事法定利率年六分(弁済した債務は月掛相互契約という商行為にもとづく債務であるから)の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的の請求)

仮りに右の請求が理由ないとすれば、原告は、予備的に、本訴で否認権を行使して、被告に対し、同じ金額の支払を求める。

すなわち、小林医科は、前記のとおり、昭和二十八年三月二日支払を停止し、多額の債務を支払うことができず、したがつて他の債権者を害することを知りながら、被告だけに特に前記五十五万四千六百三十九円を支払つたのであるから、原告は、破産法七二条一号によつて破産財団のため右支払行為を否認して、前記のとおり、すでに支払つた金員と、これに対する昭和三十一年九月二十九日から完済に至るまで商事法定利率年六分(商行為によつて生じた債務は弁済したのであるから)の割合による利息金との支払を求める。

被告の抗弁事実は否認する。被告は前記各支払を受けるにあたり、その支払が破産債権者を害すべきことを知つていたのである。

かように述べ、立証として、甲第一号証(写で)、第二号証の一ないし四、第三号証、第四号証の一、二を提出し、証人水口照一、平塚祐治(第一、二回)、篠沢義夫、椿荘三の各証言を援用し、「乙第三、四号証が真正にできたことは認める。その他の乙号各証が真正にできたかどうかは知らない。」と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

原告主張の日時小林医科が東京地方裁判所で破産の宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたこと、被告が小林医科との間の月掛相互契約にもとずいて、一つの口で昭和二十七年八月二十日百五十万円を、他の口で昭和二十八年二月三日百万円を小林医科に給付したことは認める。

昭和二十八年六月五日当時、前者の百五十万円口については未払込掛金五十二万五千円、延滞損害金千百四十八円、後者の百万円口については未払込掛金五十五万円の債権を、被告は小林医科に対してもつていた。

右債権及びこれに対する遅延損害金に対し、被告が原告主張の各日原告主張の額の支払を受けたことは認めるが、(7) の一万一千三百二十円を除いたその余の支払は、右債務について連帯保証人になつていた小林文吾(小林医科の代表取締役)がしたのである。右(7) の昭和二十八年八月十五日の一万一千百二十円は小林医科の被告に対する定期預金一万円、その割増金及び利息千三百二十円を支払にあてたものである。なお(5) の三万三千八百七十五円は小林医科の普通預金債権で相殺したのではなく、小林文吾と被告との間の別の月掛相互契約を解約した解約返還金を被告が一時保管しており、小林の申出によつて前記債権の内入弁済にあてたのである。

小林医科が昭和二十八年三月二日支払を停止し、その取締役が東京地方裁判所に会社整理の申立をしたこと、同裁判所が同年六月五日整理開始の決定をし、椿荘三を管財人に選任するとともに、商法三八六条一項一号により小林医科に対し原告主張の保全処分命令を発し、その頃これを告知したことは知らない。

被告は、前記支払を受ける当時、右保全処分命令が出ていることはもとより、小林医科が原告主張の日に支払停止をしたこと又は前記各支払が破産債権者を害することを知らなかつたのである。

かように答弁し、立証として、乙第一号証、第二号証の一ないし五、第三、四号証を提出し、証人大路富男、佐藤正、梅原進三郎、椿荘三の各証言を援用し、「甲第一号証の原本がありそれが真正にできたこと、甲第四号証の一、二が真正にできたことは認める。その他の甲号各証が真正にできたかどうかは知らない。」と述べた。

理由

(一)  原告の第一次の不当利得返還請求について。

原告の不当利得返還請求は、商法三八六条一項一号にもとづく弁済禁止の保全処分命令に違反してした債権者ヘの弁済は無効であることを前提とするものである。

しかし、「この法条による弁済禁止の保全処分は、規定の立て方からいつて、会社の債権者に対しては何らの効力を及ぼすことなく、単に会社に対し不作為を命じ、会社に債権者から支払の請求があつても支払を拒むことができるという地位を与えたに過ぎないと考えるほかないから、この命令があるに拘らず会社が一部の債権者に弁済したときは、その弁済はやはり弁済としての効力を有するものとするほかない。この点について、弁済を受けた債権者が善意であつたか否かによつて弁済行為の効力を区別して扱おうとする考え方があるが、当裁判所は、その考え方は十分な根拠を欠くものと考える。」

してみると、原告の第一次の請求は、その他の点を判断するまでもなく、失当である。

(二)  つぎに否認権行使にもとづく請求について。

甲第一号証の写(原本が存在し真正にできたことに争いがない)と証人平塚祐治の証言(第一、二回)とによると、小林医科の取締役の申立によつて、東京地方裁判所が、昭和二十八年六月五日、同会社整理開始の決定をし、椿荘三を管理人に選任するとともに、商法三八六条一項一号により原告主張の保全処分命令を発し、その頃これを小林医科に告知したことが認められる。その後昭和三十一年五月二十二日午前十時、小林医科が東京地方裁判所で破産の宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたことは、当事者間に争いがない。

つぎに、被告が小林医科との間の月掛相互契約にもとづいて、一つの口で昭和二十七年八月二十日百五十万円をを、他の口で昭和二十八年二月三日百万円を小林医科に給付し、右二口の掛金債権につき原告主張の日原告主張の額の弁済を受けたことは、被告の認めるところである。

右の弁済のうち、昭和二十八年八月十五日の一万一千三百二十円(原告主張の(7) )が小林医科によつて弁済されたことは当事者間に争いがないが、その他が小林医科によつて払われたか、あるいはその連帯保証人小林文吾(小林医科の代表取締役)によつて払われたかについては争いがあるから、この点について判断する。

甲第二号証の一ないし四、第三号証(いずれも証人水口照一及び篠沢義夫の各証言によつて真正にできたと認められる)、甲第四号証の一、二(真正にできたことに争いがない)と証人平塚祐治(第一、二回)、水口照一、篠沢義夫の各証言とを合せ考えると、小林医科は、前記のとおり、昭和二十八年六月五日の整理開始の決定及び弁済禁止命令を受けたが、被告から前記掛金債務についてきつく請求され、なお保証人小林精栄に差押えが及びそうな様子もみえたので、同業者である小林精栄に迷惑をかけてはと考えて、やむをえず、原告主張のとおり(ただし(5) の点を除く)弁済したこと、その払つた金のうちの大部分は小林医科の取引先からはいつてきたものであり、他の小部分は小林文吾(小林医科の代表取締役)が金借、電話売却等の方法でつくつて小林医科につぎ込んだものである(小林文吾と小林医科との間ではこれを小林から小林医科への貸しとして処理した)こと、昭和二十八年六月当時、小林文吾個人は売り食いの状態で生活にもこまつていたことが認められる。

乙第一号証、第二号証の一ないし三(いずれも証人佐藤正の証言によつて真正にできたと認められる)には、原告主張の(1) ないし(4) の支払は小林文吾個人によつて行われたかのようにみえる記載があるが、この記載は右各証自体からみて明らかなように前記整理開始決定後に小林医科または小林文吾の関与なくして行われたものであつて、前記事実認定に用いた各証拠に照して、真実に合うものとは認められない。

証人大路富男、佐藤正、椿荘三、梅原進三郎の各証言のうちさきの認定に反し右各支払が小林文吾個人によつて行われたようにいう部分は採用することができない。

しかし、乙第二号証の四、五(証人佐藤正、梅原進三郎の各証言によつて真正にできたと認められる)と証人佐藤正、梅原進三郎の各証言とを合せ考えると、昭和二十八年七月二十三日の三万三千八百七十五円の支払については、小林文吾と被告とが別に結んだ月掛相互契約が解約になり、被告から原告に返すことになつた金員のうち、被告が別段預金として保管していた金三万三千八百七十五万円を、両者間の約定によつて小林文吾が連帯保証人となつていた前記百万円口の掛金債務の支払に充当したものであることが認められる。

甲第二号証の二には右三万三千八百七十五円の支払は小林医科の別段預金を前記掛金債務の支払に充てたもののようにみえる記載があるが、これは前記証拠に照して真実に合うものとは認められない。

ほかに、右認定をくつがえし、原告主張の(5) の三万三千八百七十五円は小林医科の被告に対する同額の普通預金債権と被告の小林医科に対する百万円口の掛金債権とを合意のうえ相殺したものであるという事実を認めることができる証拠はない(したがつて、原告主張の(5) の点については原告の請求はその余の判断をするまでもなく失当であるということになる。)

つぎに、証人平塚祐治(第一、二回)、篠沢義夫、椿荘三の各証言を合せ考えると、小林医科は昭和二十八年三月初頃営業状態が思わしくなくなり、同月二日頃手形の不渡りを出し、同年六月初には二千万円ほどの負債をのこすにいたつたのに、実価のある財産としてはほとんど何物をももたぬ状態で昭和三十一年五月二十二日の破産宣告にまで至つたことが認められる。

すなわち、右各支払(原告主張の(5) を除く)は小林医科の破産債権者を害するものであり、小林医科はそのことを知つて右の支払をしたものであると認めるのが相当である。

被告は、「右支払を受ける当時、被告は、右支払が破産債権者を害するものであることを知らなかつた。」と主張するが、証人大路富男、佐藤正、梅原進三郎の各証言のうちこの主張に合う部分は採用することができず、ほかに被告の主張の右事実を認めさせるような証拠はない。

かえつて、証人平塚祐治(第一、二回)、椿荘三、佐藤正、大路富男の各証言を合せ考えると、被告は小林医科が多額の債務を負担し、営業状態悪く立ち行かなくなつたことを昭和二十八年六月初には知り、小林医科に対し整理開始の決定と前記弁済禁止の保全処分とがあつたことも小林医科から知らされてその後間もなく知つたにかかわらず、前記掛金債務の支払を強く小林医科に要求して前記支払を受けたものであることが認められる。

すなわち、被告は、前記支払が小林医科の破産債権者を害するものであることを知つてその支払を受けたとみるのが相当である。

してみると、原告破産管財人の否認権の行使は右の部分に関する限り正当であり、被告は原告に対し、前記のとおり小林医科から支払を受けた金員合計金五十二万七百六十四円を、これに対し原告の請求する昭和三十一年九月二十九日から完済に至るまで法定利率による利息金を附加して支払う義務を負うものといわなければならない。そして、

「本件においては、その法定利率は、否認の対象となつた行為が商行為によつて生じた債務の弁済であつた(弁論の全趣旨によつて明らかである)ことによつて、特別の事情のない限り、商事法定利率年六分であるとするのが相当である。何となれば、否認権行使の目的は破産財団を否認された行為がなかつた原状に回復させる(言いかえると破産財団が右の行為によつて蒙つた損失をうめる)にあるところ、弁済行為を否認した場合には弁済した額に弁済したときからの法定利息をつけて返させなければ破産財団は原状に復さないし、否認された行為が商行為にもとづく債務の弁済である場合には特別の事情のない限りその金銭が弁済されなければ商行為に利用されたであろうと推定され、したがつてこの場合の法定利息については商事法定利率によるのが相当であるからである。」

よつて、原告の第一次の請求を棄却し、第二次の請求のうち右にあげた部分を認容し、その余を棄却し、訴訟費用については民事訴訟法九二条本文を適用してその負担を定め、仮執行の宣言は相当ならずと認めてつけないことにして、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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